元東京IT企業の正社員が地方移住で失ったもの

私のキャリアが壊れたところからの話

東京で積み上げていた「順調すぎる30代手前」

20代の頃、私は東京で就職し、
30歳になる頃には東京の大手IT企業で正社員として働いていました。

住宅補助は手厚く、給与も福利厚生も申し分ない。
まわりを見渡せば、同年代で年収1000万円に届く人も珍しくありませんでした。

今思えば、
世間で言うところの「キラキラ女子」に見えていたと思います。

少なくとも、外から見れば。


キラキラの裏側は、いつも限界ギリギリだった

ただ、その生活は決して楽なものではありませんでした。

休日出勤は当たり前。
残業も多く、家に帰る頃にはいつもへとへと。

仕事は好きでしたが、
「このペースを、この先何年も続けられるだろうか」
そんな不安が、少しずつ積もっていっていました。

キラキラしているように見えて、
実際の私は、かなり疲れていたのだと思います。


結婚と地方移住という、大きな分岐点

そんな頃、婚約していた彼に地方転勤の辞令が出ました。

結婚して一緒に地方へ行くか、遠距離恋愛を続けるか。
もう30代だった私は、
「とりあえず遠距離で様子見」という選択を簡単には取れませんでした。

それに、
東京のキラキラにも、激務にも、少し疲れ始めていた私は、
地方で一度やり直してみることにも、正直なところ惹かれていました。

共働きでいるつもりでしたし、
「地方でも、何かしら仕事は見つかるだろう」
そう、楽観的に考えていたのです。


地方の暮らしは、確かに優しかった

結婚して地方へ移住すると、
生活環境は一変しました。

空気はきれいで、時間の流れもゆっくり。
近所の人たちは親切で、挨拶を交わすだけでも心が緩む。

この環境自体は、嫌いではありませんでした。
むしろ、心身は少しずつ回復していったと思います。

ただ――
仕事の現実は、まったく別でした。


「キャリアを生かせる仕事」が、どこにもない

それまで積み上げてきたIT企業でのキャリア。
しかし、地方には、それを生かせる企業がほとんどありませんでした。

転職エージェント経由で紹介されたのは、学校事務の仕事。

「とりあえず働けるなら」
そんな気持ちで就職を決めました。

けれど、そこは
古い体制や慣習が色濃く残る、女性中心の職場でした。


人間関係と、想定外の連続

休憩時間になると始まる悪口大会。
仕事よりも、人間関係に神経をすり減らす日々。

さらに、入職して3ヶ月ほど経った頃、
「将来的に転勤の可能性がある」と示唆されました。

入職時には、一切聞いていなかった話です。

結婚して地方に来たばかりで、
夫を置いて転勤などできるはずもありません。

そして、入職して半年の頃。
私より一年早く入職した先輩が妊娠を報告したのです。

そのときの、他の女性たちの陰口はひどいものでした。
確かに、二年目で産休に入るとなると、世間的には少し早いかもしれません。
それでも、祝福の言葉くらいはかけるものだと思っていました。

私も先輩も、同じく30代の新婚です。
毎日冷たい対応をされ、退職を考えはじめた先輩の姿を見て、

明日は我が身だ

と、恐ろしくなったのです。

悩みに悩み、私は一年で退職を選びました。


妊娠と、「拾ってもらえた」仕事

大手IT企業の正社員だった過去は、
地方ではほとんど意味を持ちませんでした。

求人は少なく、選考も進まない。
そんな中で、私も妊娠がわかりました。

喜びと同時に、
「もう、どこにも雇ってもらえないかもしれない」
という不安が、一気に現実味を帯びます。

そんなとき、飛びつくように応募したのが、
妊娠中でも採用してくれ、産休を取っても構わない
と言ってくれたコールセンターの仕事でした。


誠心誠意働いた先にあった現実

正直、お客様からのクレーム対応は怖かったです。
それでも、上司はとても良い人で、
「ここではちゃんと働けるかもしれない」
そう思わせてくれる職場でした。

採用してもらったことが、本当にありがたくて、
できる限り誠心誠意、仕事に向き合っていました。

しかし――
産休を迎える前に、体調が悪化します。

医師からは、
「今は仕事を続けるべきではない」と告げられ、
私は退職を余儀なくされました。


無職で出産を迎えるという絶望

せっかく採用してくれた職場に、
迷惑をかけてしまったという自責の念。

そして、
無職のまま出産を迎えることになった現実。

「私は、何も続けられなかった」
そんな思いが、頭から離れませんでした。


私が地方移住で失ったもの

地方移住で失ったのは、
給料や肩書きだけではありません。

  • キャリアの連続性
  • 自分の市場価値を試せる場所
  • 「働き続けるのが当たり前」だった感覚

それらが、音もなく途切れていきました。


そして、在宅ワークという言葉にすがった

こうして、
外で働くことが現実的でなくなった私は、
「在宅ワーク」という言葉にすがるようになります。

ただし――
そこには、想像以上の壁がありました。

次回は、
👉 子育て中の在宅ワークで案件が取れない現実

を書きます。

初心者が在宅ワークの案件を取ること自体が、
どれほど難しかったのか。
当時の私が、何も知らなすぎた話です。

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